Webサイト「デイリーポータルZ」編集部に所属している古賀及子(こが ちかこ)さん(id:mabatakixxx / @eatmorecakes)は、ブログ「まばたきをする体」で、2018年からほぼ毎日日記を書き続けています。何気ない日常生活を日々書いている古賀さんに、「ごく普通の日記」を書くこと、それをWebで公開して他の人に読まれることについてどう感じているかなどについて、オンラインインタビューで伺いました。
毎日日記を書く原動力は……「ひとつもわからない」!
──普段の仕事についてお聞かせください。
古賀さん
普通の会社員で、「デイリーポータルZ」(以下、DPZ)の編集とライターをやっています。2004年にライターとして参加して、2005年に当時DPZを運営していたニフティ株式会社へ編集部員として入社しました。そこから今までずっとDPZ編集部にいて、ウェブマスターの林雄司さん(以下、林さん)の下でやらせてもらっています。DPZ自体は2017年にニフティから東急グループのイッツ・コミュニケーションズ株式会社に移籍しまして、それと同時に私も転籍しました。
──ライターになったきっかけは何でしょうか?
古賀さん
特に全然なかったんですよ。短大を出た後にフリーターをやっていて、当時はインターネットが流行り始めた頃で、ホームページの制作会社でアルバイトとして働いていました。HTMLを書いてtableタグを手打ちしたり、Flash 4でゲームを作ったり……。その制作会社がすごく自由で、「仕事がない時はインターネット見てていいよ」って言われるような、バイトにとってとても良い会社だったんですよ。それで私はずっとインターネットを見ていたんです。
当時は読み物のサイトといえばDPZくらいで、後は@cosmeとかエル・オンラインとかを見ていました。私は中でもDPZがとても好きで、めちゃくちゃ読んでいたんです。そしたらライター募集がかかったので、中に入って働けたらいいなと、本当に軽い気持ちで、経験がないまま応募しまして。最初は100文字くらいの短文を書く仕事をもらって、いろいろ教えていただいて、そのうち記事も書かせてもらえるようになりました。
――これまでWebで日記を書いたことはありましたか?
古賀さん
2000年頃からホームページを持っていて、そこにちょっと日記らしきものを書いてたんですよね。そのサイト名が「まばたきをする体」という名前だったんです。月に10記事くらい書いた時もあれば、半年くらい書かない時もあって。それをずっとじわじわやったりやらなかったりで続けていて。ニフティの社員だった頃はココログをずっと使っていました。ブログといえばはてなブログ一択みたいな世の中になっているのを感じ、ちょっとはてなブログで書いてみたら、インターフェースとして優れていて使いやすかったんです。
――現在のように毎日書くようになったきっかけは何でしたか?
古賀さん
DPZで書いてくださっているライターのスズキナオさんという方が、ちゃんと毎日のようにまとまった文章量の日記を書いて、がつっと更新されるんですね。「ナオさんが日記書いてるよね」って友達と話していて、「ブログもあるし、じゃあ私も書こうかな、最近ちゃんと日記書いてなかったから」と思って書き始めたら、原動力がひとつもわからないんですけど(笑)、毎日書けちゃって……。それから休まず書いています。
――タイトル「まばたきをする体」の由来は何ですか?
古賀さん
いやー、もう20年くらい前の話なので、なぜこうしたか本当に全然記憶にないんですよね……。今となっては少し恥ずかしくて、「ちょっと詩的すぎるな」と思っています。ちょっとドヤってますよね(笑)。もう20年使い続けちゃっているから、使っているという感じです。
私はダンスが好きで、コンテンポラリーダンスやクラシックバレエのような身体表現に興味があるというニュアンスで「まばたき」を付けたと思うんですよね。説明してみるとやっぱり恥ずかしいですね。
アクセスやはてなスターが「励みになる」の文字通り、励みになる
――毎日日記を書くタイミングについて教えてください。
古賀さん
朝起きてすぐに、ばーっと書いています。本当にざーっと書いて、昼休みに1回推敲して、アップする。それがルーティンですね。私は朝がとても好きで、完全な朝型なので、朝にやっている感じですね。結構いいウォーミングアップになります。
――書いてからいったん置くんですね。朝と昼それぞれ、どれくらいの時間をかけていますか?
古賀さん
できるだけ時間をかけずにやろうと思っているので、だいたい15~20分でいったん記事を書いて、昼に1回読んで、文章のねじれなどをチェックしたり、漢字を開いたりして、10分程度でアップします。日記は本当に楽ですね。たぶん文章の中で一番楽なんじゃないかって思っています。何しろ「日」の「記録」ですから、「日記」です!
4月19日の日記より。家庭の中の日常がつづられている
――毎日書くために工夫していることはありますか?
古賀さん
日々、常にメモを取っています。メモを取り始めたのはたぶん編集者になってからで、それからずっとメモを取っているので、それにプラスアルファして、仕事にはならないようなことでも「おっ」と思ったらちょっと書いておくようにしています。ツールにはEvernoteを使っています。あとはレシートの裏とか……。本当に走り書きですね。メモがないとたぶん日記は書けない気がしています。
メモを残すという行動は、仕事とかなり密接に関係しているのかなと思います。DPZでは割とノンジャンルのレポートを書いていて、何でも記事のネタになるので。「おっ」と思ったことを書いておくと助けになる、ということは昔から割とありました。
――紙のメモは残していらっしゃるんですか?
古賀さん
どんどん捨てます。終わったら捨てちゃいますね。
――日常生活についてあえてメモを取り、ブログで公開するモチベーションの基になるものは何でしょう。
古賀さん
自分でも「なんでだろう」って思うんですよね……。書くと読んでくださる方がいて承認欲求が満たされるという思いは結構しています。でもたぶんそれだけじゃなくて……何なんでしょうね? 「やってる感」はとてもありますね。
――「やってる感」についてもう少し教えていただけますか?
古賀さん
「出力ができている」という実感があります。せっかく才能がなくても出力ができるインターネット時代に、「出力をちゃんとしてる、ヨシ!」というような。
「与えられたものを生かしている」という手応えがあるのがいいのかな、という感覚が大きいように思います。何もしていない時には「何か書かないとまずいんじゃないか」と不安があって。毎日日記を書くようになって、その不安を感じなくなりました。
――編集という仕事柄なのではなくて、古賀さんのパーソナルなお話なんですね。
古賀さん
自分で自分の「やってる感」を感じられることにものすごく安心します。「さぼっていない」というところが自信につながっている感じがします。
――「やってる感」の演出でブログを書くのは、「インターネットが好き」なのか、あるいは承認欲求が満たされるからか、どちらでしょう。
古賀さん
たぶんどちらもあると思います。インターネットも好きだし、読んだ方からはてなスターを付けていただくなどの承認も得られる。日記を書き始めた時には、日記ってその人の暮らしに関する記事なので、誰も興味を持たないと思っていたんですよね。知らない人が「起きて寝てめし食った」という暮らしのことだけの文章を、びっくりするくらい多くの人に読んでいただけて、支持してくださるということに本当に驚いて、すごいことだと思ったんです。読まれるとは全く想定していませんでした。本当に自己満足、自分の達成感のためだけに更新していければいいかなと思っていたのに。
――「日記へのアクセスやはてなスターが古賀さんの励みになる」という感覚でしょうか?
古賀さん
全くその通りです。全くその通り、励みになっています! 「励みになる」という言葉の額面通りですよ、本当に。これが「励みになる」か!という感じ。手の上に「励みになる」があるという感じです。
――アクセスが増えるように書こうという気持ちはあまりないですか?
古賀さん
そこはバランスかなと考えていますね。欲は出さないように、嘘はつかないようにと思っています。PV(ページビュー)のために服を脱いでいったら裸になっちゃうじゃないですか。脱がないようにしよう、服は着たままでいたいという感じです。でも特別に気を付けているわけではなくて、自然とストッパーがかかっていますね。読んでいただける方には本当に「ありがてぇ……」という気持ちです。
自分の日記にはメッセージもないし、感想もない
――「おっ」と思ったことをメモするとのことですが、どんな基準で書くことを見つけているのでしょうか。
古賀さん
「あ、これはいいな」という瞬間が結構あるんですよね。それをメモしておくんですが、1日のメモの数って4個くらいなんです。そこまで多くもないし、使うところと使わないところがあるんです。使わないところを見返すと、たいしたことじゃないことが書いてありますね……。でも、書いておかないと、「面白い」「家の中でのトピックだったな」と思ったことを、本当に忘れちゃうんです。だから、とにかく忘れないように、「こんなことを話した」というレベルのことでもメモに書いています。
――ブログを始めたばかりの方にとっては、メモなどがあっても言いたいことがまとまらなかったりします。古賀さんが実際に日記を書く際の流れを教えていただけないでしょうか。
古賀さん
日記を書くのが楽だと感じるポイントは、「日の記録」という点なんですよね。「あったこと」を書けばいいと思うんです。たぶん、日記を書く上で私には「伝えたいこと」はないんですよ。メッセージもないし、感想もない。「何かを伝えたい」方に対しては私はあんまりうまくアドバイスができないのですが、日記を書きたいという方は、まずは「あったこと」をそのまま書くと、それだけでもいいものになると思うんですね。「あったことに対してどう思ったか」は書かなくていいんです。何があったかを書く、めっちゃいいですよ。めっちゃいいですこれは。
感想を書こうとするのが結構落とし穴になるんじゃないかと思いますね。それは、要らない(笑)。そこを排除していくと面白くなる。事実だけを書いても、「あなたがそれを見ている」ということは「あなたが切り取った事実」という選択眼が入るので、そこに「あなたがちゃんといる」ということだと思います。
私の場合は、「私がいいと思ったこと」を膨らませて書いています。あるポイントで解像度を上げて書くと、たぶん日記ってすごくよくなりますよね。例えば、スーパーに買い物に行った話でも、「あんこを買った」「そのあんこは粒あんだった」とか。おおまかな流れを書くのではなくて、1日24時間ある中の1分だけの解像度を上げて書く。私はそういうのがすごく好みです。
――古賀さんの好みとして、どのようなサイトやメディアを普段見ていらっしゃいますか?
古賀さん
個人のタイムラインに流れてくるものをベースに見るようになってしまいましたね。絶対にここを読むということはもうなくなってしまった気がしています。社会学者の岸政彦さんの「にがにが日記」、オモコロ、オモコロ ブロス!は好きなので読んでいます。はてなブックマークのトップページももちろん見ていますよ。DPZの編集者としてではなく、はてなブックマークから私の日記を知ってくださる方もいるんです。ありがたいことです。
あと、私はやっぱり昔からDPZが本当に好きで、DPZをずっと読んでいるんです。記事の量が多いので、編集者としてでもこれだけ読み込むっていうのは本当に好きじゃないとできないです。林さんはもちろん、同じ編集部の安藤昌教さんとか石川大樹くんとか、彼らの文章はすっごく好きなんです。べつやくれいさんからもすごく影響を受けていると思います。
――長くDPZでコンテンツを作り続けている中で、ホームページ時代にあったサイトがなくなったり、Webメディアができたり消えたりということもあります。
古賀さん
肌感覚としては、人事くらいの気持ちで感じています。課長が部長になって昇進したとか、あの人左遷されたとか……。お世話になった方のメディアがなくなっちゃう場合は、さすがに「わー、まじか」と思ったりはしますけれど、それは人とのコミュニケーションに関する思いですね。
DPZは、私が読者だった頃からスタンスを変えずにずっとやっていて、それは林さんが上手に運営してきているところが大きいです。「本当に面白いと思うことをやる」「ライター個人が興味を持ったことをやる」という点はずっと変わっていないと思うんですよね。人にやらされるのではなくて、個人ホームページや個人のブログを持っているモチベーションの高い人が集まっているのがいいですね。「どうしてもやっちゃう人が集まっている」というのが、すごく頼もしいです。
あと、個人的には、WebサイトやWebメディアがなくなっても、その「人」は生きているんだろうなって思っています。
私が日記を書いていて思うんですが、日記って、終わらないんですよね。私が生きている限り続くというところが面白いなと思っていて。物語はいつか終わってしまうじゃないですか。でも私は、でかい仕事を終えたとしても次の日があるので、また日記に書くことがある。「終わらなさ」みたいなものを感じます。Webメディアが生きる以上のことを、私は日記でやっている、という感覚はありますね。
私が生きている限り、「日記」は終わらない
――「読者にとってこういう存在でありたい」「これを目指したい」などは考えていらっしゃいますか?
古賀さん
日記を書くようになって、私、すごく良い人になっている気がするんです。他の人に「良い人だな」って思われたいじゃないですか(笑)。よりよく生きている気がします。日記に書けるように(笑)。常識的であろう、よくないことはしないようにしよう、という抑止力にはなっている気がします。
――表現方法がたくさんある中で、「文章で表現する」ということは、古賀さんにとってどんなものでしょうか?
古賀さん
どうやら私が唯一できるぞ、っていうことが文章を書くことなんです。毎日DPZで働かせてもらって、日記を書いているだけなんですけど、私は本当に何にもできない人生で、運動神経も悪いし、勉強もできないし、楽器を弾くことも歌もできないし……。ただ、文章は唯一できるらしいっていうことがどうやらわかってきました。
――日記を同人誌としてまとめていますが、どんなきっかけで日記を本にしようとしたのでしょう?
古賀さん
DPZ編集部が主催したイベント「ウェブメディアびっくりセール」を運営していたのがきっかけです。普段はネットで文章や写真などを公開している側が、手渡しで本を売るイベントなんですね。それがきっかけで、自分でも本を出せたらいいなと考えました。
2019年5月のコミティアへの出展が最初でした。そこでめちゃめちゃ売れたんですよ! こんな人の日記が!(笑) イベントでも売れましたし、通販でも売れて、それで今まで続けています。
――「まばたきをする体」は、古賀さんご自身にとってどういう存在でしょうか?
古賀さん
「終わらない」というのが、すごいことだなと思っています。日記を書かなくなることはあると思うんですが、私の人生は死ぬまで終わらないという手応えが感じられて、面白いなと思います。
日記ってものすごくオリジナリティがあるじゃないですか? 本当に私の話だけなんです。誰でもない私の話、何十億分の一の話っていうのが、すっごく面白いなって思うんです。それを誰かが読んでくれるっていうのが、希有な体験じゃないかなと。
今、日記の英訳をお願いしています。なぜかというと、この日本の片隅のちっちゃい家に住んでいる3人家族のことを、すごく遠くにいる言語が違う人が読むっていう状態が、めちゃめちゃおかしいなと思って。そんなことってたぶん起こらないじゃないですか。たった1軒の家の話というめちゃめちゃミクロな話を発信しているっていう、意味があるのかないのかもよくわからないことが面白くて。そういう体験そのものが、私にとっての「まばたきをする体」なのかな、というように思いますね。
お話を伺った人:古賀及子(id:mabatakixxx)
webライター、編集の古賀及子のブログです。 1979年東京生まれ、神奈川、埼玉育ち、東京在住。 デイリーポータルZ編集部所属。記事も書きます(納豆を1万回まぜたのは私です)。 好きなものはEDMとローソク足とコンテンポラリーダンス。
ブログ:まばたきをする体
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