はてなは、一般社団法人医療リテラシー研究所が2020年8月23日(日)に開催するオンラインイベント「#SNS医療のカタチTV やさしい医療の世界」をサポートしています。医療リテラシー研究所は医療情報を世の中に浸透させる目的で活動する団体で、はてなブログでは「NPO支援プログラム」を通じて、ブログでの医療情報の発信を支援しています。
今回のイベントを前に、医療リテラシー研究所の代表理事である大塚篤司さん(@otsukaman)と、株式会社はてな 執行役員 サービス・システム開発本部長の大西康裕(id:onishi)が、インターネットの医療情報との付き合い方やブログでの情報発信について対談しました。
- 医療現場でのインターネットの使われ方
- インターネットの医療情報をうまく見分けるために
- インターネット上の医療情報と発信のあり方の変化
- あえて実名で、ネット上に医療情報を発信するまで
- 医療従事者ではない人がネットで発信する際に気を付けたいことは?
- オンラインイベント「#SNS医療のカタチTV やさしい医療の世界」開催にあたって
大西康裕(おおにし・やすひろ) 株式会社はてなの創業メンバーで、はてなの執行役員、サービス開発全体の責任者であるサービス・システム開発本部長を務める。はてなブログの立ち上げ時のディレクターでもある。
医療現場でのインターネットの使われ方
大西 早速ですが、近年、はてなブログやはてなブックマークを運営していても、インターネット上にある医療情報にはいろいろな課題が発生していると感じています。医療リテラシー研究所の活動や医療現場などで、実際に大塚先生が直面していることがあれば教えていただけないでしょうか。
大塚 まず、前提の認識が、ちょっと僕は違っていまして。医療情報はかつて、インターネット上で拾ってはいけないものの一つだったんです。それが今は、「真偽の見分けがつかないものがある」「信じてはいけないものが混じっている」という表現に変わってきていることに、発展や進化を感じます。
大西 例えば「ネットでこんな情報を見たんですが……」と質問される患者さんはいらっしゃいますか?
大塚 年齢層によると思います。ご高齢の方の場合は「新聞やテレビでこんなことを言っていた」、40~50代の方は「インターネットで見た」という方が多いですね。
僕の場合、最近は自分で実名を出してネットの記事を書いていて、患者の皆さんもそれを知っているんですね。ですので、情報を疑うというよりも、情報提供や雑談の形で教えてくださる方が多いです。
大西 他のお医者さんの場合はいかがでしょうか。
大塚 インターネットを使っていない医師の方が圧倒的多数なんです。やっぱりインターネットは「怖い」「何があるかわからない」と思っている方がほとんどです。患者さんが「インターネットで見た」ことについて相談する際は、主にアドバイスとして「インターネットの情報は見ないでください」と言うケースが多いと思います。
5~10年前であればそれでおそらく正しかったのだろうと思いますが、今ではインターネットからうまく情報を探せる人と探せない人を比べると、探せる人の方が上手に医療を受けられることがあります。例えば、がんの治療に関しても、検索すれば各種の診療ガイドラインが検索結果の上位に出てきてアクセスしやすいですし、医者が全てを説明しきれない薬の副作用まで、きっちり調べられます。
インターネットの医療情報をうまく見分けるために
大西 大塚先生は、AERA.dotで医療情報のデマなどを例とした『現役医師が訴える「新型コロナウイルスを正しく恐れよう」』という記事を書かれていました。情報を“正しく恐れること”について、あらためて教えていただけますか。
大塚 「正しく恐れる」は、とても難しいことだと思います。情報を見聞きしてびくびくしてしまう人は、「自分が恐れていることすら気づかない、認めたくない」という心理状態になってしまいます。
まずは情報を取りに行く前に、ちょっと1回、自分の中でリセットして、まっさらな気持ちで情報に触れる。ある程度知識のある状態で情報を得ようとすると、次に入ってきた情報がもし自分の考えを否定するものだったら、拒絶してしまうのが普通だと思いますので。このようなやり方で、少しずつ情報の見分け方を普段から知っておいていただきたいですね。
大西 「情報を見分ける」ということは、先ほどのお話にあった「情報を探せる人」「情報を探せない人」によっても変わってくると思います。気を付けるポイントはあるでしょうか。
大塚 見分け方といってもさまざまな切り口があって、一言では言えない問題ですよね。
感染症専門医の忽那賢志先生が新型コロナウイルスについて書いた記事で、医療従事者ではない方による根拠が薄い意見について「ぼくのかんがえた、さいきょうのコロナりろん」と表現されていました。世の中にはそんなうまい話はないんです。でも、多くの方に読まれやすいのは、「ぼくのかんがえたさいきょうのりろん」の方なんです。
大塚 医療の専門家は、医療上の問題について四六時中考えています。そういう方たちがこれまで長く積み重ねられてきたものを一生懸命学んだ上で、さらにしのぎを削って1日24時間考え続けてきたことのエッセンスを絞り出しているのが、医療における研究成果です。ぱっと思い付けることが「当たっている」のは極めて確率が低い、ということについては、冷静に知っておいていただきたいです。
実は、そういう可能性を全てひっくり返せるのが「陰謀論」なんです。専門性なんて必要なく、何でも言えますので。もし医療に関する会話をしていて陰謀論が混ざり始めたら、その時点で一歩下がって聞く方が良いと思います。陰謀論って面白いですし、魅力的に映るんですよ。それを信じる信じないはもちろん個人の自由なのですが、健康情報に関してはそれをインターネットで拡散することによっていろいろな人が目にしますし、実害を被る人が出てしまいます。ですので、陰謀論の拡散はやめていただきたいです。
大西 情報の受け手の自衛手段としては、一つの情報だけ鵜呑みにせずに、信頼できるいろいろな人の声に耳を傾けるという態度が必要なのかなとお話を聞いていて思いました。
インターネット上の医療情報と発信のあり方の変化
大西 患者さんやご家族がブログなどで書く闘病記録を別の方が読む際に、自分の病状と重ね合わたり比べたりして、不安になる、またはショックを受けてしまうことなどもあるのではないかと思います。そういう影響についてはどうお考えですか?
大塚 治療の方針はやはり個人個人で全く違いますし、症状の出現パターンも一人一人違います。個別の治療と全く同じことが当てはまる人は本当に少ないと思います。ましてやブログとなるとあくまでもその人個人の体験で、自分には当てはまらない、と客観的に読めればいいんでしょうけど、実際に自分が闘病中にそうできるかというと難しいですよね。
京都大学医学部特定准教授 大塚篤司さん
大塚 例えば僕の専門でいうと、「メラノーマ」というほくろのがんでは、飲み薬と点滴、2種類の薬があるんです。どちらを選ぶかはがん遺伝子の性質によって変わってきます。例えば誰かのブログにある「自分は飲み薬で皮膚がんの治療をやっている」という記述を、点滴で治療されている方が見つけて読むとします。「この先生はなぜ飲み薬を選ばなかったんだろう」と考えてしまうこともありますよね。そこには医療不信につながる危険性がいつも潜んでいます。
治療法やその背景を全て説明しきれていればいいんですが、医師としては「がん遺伝子の変異があるかないか」という説明を前提として治療法を提示しているところを、患者さん側としては飲み薬と点滴という治療法の違いで受け取ることになります。医師から見えないところで不信感が生まれ、「飲み薬がいいのに、あの先生はやってくれない」と言われながら、治療が続いてしまったりする。
大西 がん治療など、時間が経つと効く薬が変わったり、新しい薬が次々開発されたりする中で、数年前のネット上の情報が当てはまらなくなるということもあると思うのですが、大塚先生はどう対応されていますか?
大塚 今はオプジーボ(免疫チェックポイント阻害薬)が一部のがんで標準治療に加わり、それが本当にエポックメイキングで、治療法が大きく変わりました。その前と現在では抗がん剤に対する知識の鮮度が劇的に違います。古い知識のまま、全ての抗がん剤について「毛が全部抜ける」「吐き気がひどい」などとイメージされる方は結構多いです。
古い知識や情報をもとに治療法を選ぼうとする患者さんはいらっしゃいます。特にご家族が抗がん剤治療をされていた方は、すごくその印象が強い。身内が抗がん剤治療を受けてとても大変だった、だから私は抗がん剤治療をやりません……と言う患者さんがいらっしゃる場合は、今の治療とは違うということを一から説明するのが現状です。
古い情報と新しい情報があることは、決してインターネット特有の現象ではありません。普通は、自分が病気になるまで医療情報を自分から取りに行こうとすることはなかなかありませんので、情報のアップデートに追いつかないですよね。自分の記憶にある知識や経験の中で判断をしていくので、ある程度自然なことだと思っています。
あえて実名で、ネット上に医療情報を発信するまで
大西 大塚先生がインターネットで医療情報の発信をするようになってから、法人としての医療リテラシー研究所を立ち上げるまでについて教えてください。
大塚 実は、10年くらい前に匿名の皮膚科医としてブログをやっていました。その時はまだ医師自身が情報発信するような時代ではなくて、怪しげな治療法だけを宣伝するようなサイトが乱立していまして……。そのブログはインターネット上の間違った情報を訂正する内容だったのですが、正確な情報を発信しようとすればするほど、間違った情報を熱心に信じている方々から激しいバッシングを受けて、つらくなって数年で止めてしまいました。
大西 なるほど……。
大塚 「もう二度とインターネットには近寄らないぞ」と思っていたんですが、2018年7月にTwitterアカウントを作って、インターネットに舞い戻ってきました。やっぱり医療情報を発信していこうと思ったんです。
大西 そのタイミングで実名を出されたんですか?
大塚 はい。それまでに検索をしたり、他の人のブログを読んだりしていると、ちらほらと実名でやっている方も出てきていました。僕の前のブログでの反省点が「匿名でやっていた」ということなんです。医学的に正しい情報を発信しているにもかかわらず、匿名という理由で「偽医者」と言われてしまう。そういう議論は避けたかったんです。腹をくくって本名と顔を出してしまえば、少なくとも「偽医者」というレッテルは貼られないだろうと考えました。
Twitterで活動しているうちに、医療情報を発信するためにいろいろと工夫されている、同じような考え方の人たちがいることが分かってきたんです。Twitterを見ていると、その人の人柄や普段の考え方がなんとなく伝わるじゃないですか。そこで堀向健太先生(ほむほむ先生、@ped_allergy)や山本健人先生(けいゆう先生、@keiyou30)との交流が始まりました。その3人で、2018年12月に医療に関する一般公開講座を実施しました。
その3人が基本メンバーなのですが、2019年夏に札幌で公開講座を開いた時に、ネットで有名だった市原真先生(ヤンデル先生、@Dr_yandel)にも声を掛けました。その講座は予想外に人数が集まり、そこから一気に活動範囲が広がりました。
会場を借りたり、スポンサーを集めたりするにあたって、「法人を作りましょう」ということになって……。僕たちは経営のことは分からないため、経営面などをサポートしてくれる方にも入ってもらって、今の医療リテラシー研究所ができました。
株式会社はてな 大西康裕
大西 大塚先生は、周囲のお医者さんに「Twiterで情報発信するといいよ」と勧めているんですか?
大塚 いえ、全く勧めていません(笑)。周囲からは「変わったことをしている人」として見られています。
大西 やはり実名を出すことがネックなのでしょうか。
大塚 誰もやろうとしていなかったことをやるというのは、やはり奇異な目で見られますので……。一般公開講座を始めた頃は怖いと感じましたが、「メンバーみんなでやる」ことで実現できたと思っています。面白がってくれる人たちも出てきている。そういう反応を見て「じゃあ自分たちもやろう」と思ってくださる人が増えてきていると思います。
大西 どういった場面でそう感じられますか?
大塚 YouTubeでいろいろなコンテンツを配信しているんですが、出演依頼をすると、どの先生たちも「喜んで」という感触なんですよね。これまでならネット上で話すというのは相当勇気が要ることだったと思うんです。それが今は「こんな舞台に立たせてもらっていいんですか」という反応をいただくことが多くなってきて、状況が変わってきました。また、僕たち以外の人も一般公開講座を開く活動が増えているという手応えを感じます。
大西 それはうれしいことですよね。
大塚 すごくうれしいです。それと同時に「まだまだ負けないぞ」とも思っています。この分野を開拓していくことに対してはこれからもフロンティアでいたいし、やり通したいという気持ちを強く持っています。
医療従事者ではない人がネットで発信する際に気を付けたいことは?
大西 ここまで医療従事者の観点・視点についてお伺いしてきました。少し見方を変えて、患者さんやそのご家族が、闘病記や体験記などを、SNSやブログなどのサービスで発信する場合に、大塚先生が考える「書き手が注意した方がいいこと」があればお聞きしたいです。
大塚 その方が「なぜブログを始めたか」ということに大きく関連してきそうですね。例えば、文章で気持ちを吐き出すことによって治療に前向きになれるから始めたのか、同じ仲間を見つけたいから始めたのか、あるいは社会を少しずつよくしたいと思って情報発信をするのかによって、変わってくると思います。
書くことは自己表現ですから、「書いていることが楽しい」と思えることがやはり大事ではないでしょうか。特に患者さんの場合、本心が言えないこともおそらく一つの苦痛ではないかと。「つらい」という気持ちは身近な人に伝えられないけど、誰が読んでいるか分からないブログなら「つらい」と素直に書けることってあると思うんです。そして、読んでいる方の中には共感してくれる人がおそらくいて、書いてよかったと思える反応もあると思います。
大西 ブログにはそういう面もありますね。
大塚 大きい病気をされている方、特にがんの告知直後や薬の副作用がつらい時は、自分の気持ちを安定させるのが大変なことだと思うんですよね。そんな時に、思っていること・感じていることを丁寧に書き起こしていく、自分の気持ちとずれがないように言葉にしていく作業が、セルフケアになるんじゃないかと思います。
もし誰かに迷惑をかけるかもしれないという心配があるなら、いったん書いて、公開せずに下書き保存をしておけばいいんです。1週間くらい経ってから読み返して、ここは言い過ぎたな、ここは言わなくてよかったなと思うところを変えて公開すればいいですし。
思っていること・感じていることを丁寧に言葉に書き起こしていくことそのものが、自分の心を救うことにつながると考えています。書くこと自体にブレーキをかけるのではなく、一度全部出し切って、出した後にそれをどうするかは、後の自分に委ねればいいと思うんです。
大西 はてなではUGCサービスを運営している中で、健康、医療の領域で、標準的な医療情報を否定するような見解や独自の意見、煽るような内容が掲載されるケースを見かけます。こういったコンテンツに対し、ブログ記事やブックマークのコメント一覧ページに、中立的な情報源や適切な相談窓口へのリンクとともに注意喚起の警告メッセージを表示するといった取り組みをしています。
一方で、大塚先生のおっしゃるような自分の言葉や思いを丁寧に書いてくださる方も、もちろんたくさんいらっしゃって、運営者からするととても良い使い方をしてくださっていると感じています。そういったものは守っていきたいですね。
はてなブログのガイドライン - はてなブログ ヘルプ
危険で有害な可能性のあるコンテンツに対してコメント一覧ページで注意喚起を行います - はてなブックマーク開発ブログ
大西 はてなブログを使っている中で、気に入っているところはありますか?
大塚 先ほど挙げた「下書き保存」がいい仕組みだと思っています。自分で考えて、誰に公開するわけでもない。僕も書きかけの下書きはたくさんあるんですが、読み返してみると自分の中で響くフレーズが残っていることが結構あって。「あの時こんなことを考えていたのか」「いい思い出があった」など、自分にとっていい教科書になったりすることもあります。
大西 ブログ記事は下書きのまま保存することも、自分だけが読めるプライベートの状態にしておくこともできます。自分の文章をインターネットに書くことのハードルの高さについては、個人的にもよく分かります。そういったハードルを少しでも下げて、たくさんの人の思いのこもった記事が世に出るといいですね。
はてなブログとしては、実名を出して情報発信される大塚先生のような方も応援したいですし、はてなIDやハンドルネームで書いている方も含め、ブログを使って情報発信をしていく方、言葉で自己表現すること全体を応援したいと思っています。
はてなブログという情報発信ツールと、はてなブックマークという情報発見ツールを使って、良質なコンテンツ、面白いコンテンツ、正しいコンテンツがもっと発信、評価されるような、よりよいインターネット世界を作っていきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。
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オンラインイベント「#SNS医療のカタチTV やさしい医療の世界」開催にあたって
今回のオンラインイベントでは最先端の医療技術や医療知識についてお話ししますが、堅苦しいことではなく、さまざまな立場の人に「楽しかったな」と思っていただけるような内容を準備しています。著名人や漫画家、写真家などいろいろな立場の方々が参加してくださるので、普段はあまり聞けない話が聞けるんじゃないかと思っています。
特に見ていただきたいのは、健康な方です。「病気なんかしたことない」「この先大きい病気をすることはないだろう」と思っている、医療は普段遠く離れた存在だと思っている方々に、視聴していただきたいです。
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