「ブログは名刺」仕事につながるブログ活用とは?【美学者・ナンバユウキさん】

ナンバユウキさん

ブログ「Lichtung」を通じさまざまな活動を行っている美学者のナンバユウキ(id:lichtung)さん。その活動の中でも異彩を放つのが、研究者として培った高い専門知識をもとに依頼者の相談に乗る「美学相談〈ソフィスト〉」です。自身のスキルを生かしたブログ運用は、新たな仕事にもつながっているといいます。
そこで、今回はブログを通じ、キャリアデザインを形作ってきたナンバさんに「仕事としてのブログ活用」についてうかがいました!

※ 新型コロナウイルス感染対策を講じた上で取材を実施しました

美学との出会いははてなブログ。美学者がブログを始めたわけ

──まずはナンバさんのご専門について教えてください。

ナンバさん

僕の専門は分析美学とポピュラーカルチャー研究です。

もともとアニメーションやVTuber、おしゃれなどの身の回りにある、そんなに自分から離れていない対象に関心があって、ポピュラーカルチャーについて分析美学の手法を用いて研究しています。

──分析美学ってどんな学問なのでしょうか……?

ナンバさん

ぼくの理解する特殊なタイプの分析哲学理解ですが、分析哲学は概念を分析して概念を作り直してあげる、というもの。それを美学的な問題を対象に行うのが分析美学です。

例えば、アニメーションってなんやねん、と聞かれた時に、アニメーションってこういうものだよね、って僕たちが思い描いているものがあると思うんですけど、そのままじゃ使いにくい。そこで、整理してもっと使いやすい概念にしよう、という。

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取材らしいポーズを、ということで「卵を持つ手」をしてくれるナンバさん

──研究を続ける中で「ブログを始めよう!」と思ったきっかけはありますか?

ナンバさん

実は、僕にとって研究の体験自体がはてなブログから始まったと言っても過言ではないんです。

自分が学部生の頃、音楽に関心があって音楽学をやりたいと思っていました。でも調べてみてもピンとこない。パチパチとPCで調べていたら、はてなブログで音楽の哲学をやっている人を見つけて。そこではじめて分析美学という言葉を知ったんです。

なので、はてなブログがなかったら多分研究者になっていないと思います(笑)

研究者としてのキャリアデザインを再考する。美学相談の実態に迫る

──現在は、「美学相談〈ソフィスト〉」を運営され、まさにご自身が依頼者の方にとって美学と出会うきっかけになっているな、と思います。そもそも美学相談をやろう、と思った経緯についてお聞かせください。

ナンバさん

美学相談を始めた理由として、まず挙げられるのは、哲学者のキャリアデザインがシンプルすぎる、と思ったことです。

がんばって長い間、非常勤などの仕事を耐え抜いて、研究者としての正規の職に就く。でも、どんどん大学のパイが削られている中でみんながそれを目指していくというのはあまり健全ではないですよね。

でも、アカデミックな世界以外で研究者としてのキャリアデザインを考えた際にロールモデルがないな、とも感じて、自分で作るしかないと始めました。

また、哲学者にとって現状、研究と他の仕事の人をつなぐインターフェースは、本がメインになっている。その他のインターフェースとしてブログやSNSも挙げられますが、もう一つ重要だと思っているのが、直接話すこと。

対話することで、研究者と研究者以外のニーズをうまく架け渡しできないかな、と思って。それを自分がやってみようと思ったのが美学相談です。

lichtung.hatenablog.com

──タイトルにある〈ソフィスト〉にはどのような意味が込められているのでしょうか?

ナンバさん

古代ギリシャの哲学者には大きく二通りあって、一つは、ソクラテスとプラトンのように、みんなでお酒を飲んで、報酬なしにわいわい哲学談義する。でも、それってよく考えたら「なんでそんなことができるの?」というところが変で。突き詰めるとその理由は時間とお金があるから。

一方、プロタゴラスやゴルギアスのように「ソフィスト」と呼ばれる人たちは、いろいろなところに行って、一緒に政治を考えたり、レトリックを教えたりして報酬をもらう。その姿を想像した時、自分にダブって、ソフィストの方が魅力的な生き方だなと。

そこで、ソフィストとして、ネットを介して遍歴するというキャリアを作ろうと思ったんです。

──なるほど! この美学相談、実際どんな人からどんな相談が来るんでしょうか?

ナンバさん

よくある相談としては、まず「美学って何? どんなもの?」っていうところに関心がある人や、情報にアクセスしにくいと悩む方から相談いただくことがあります。

依頼者は、作家の方だったり企業の方だったりとさまざまですが、この場合は「美学とはどういうものでどういう時に使うのか」についてレクチャーします。

もう少し専門的には、作家やアーティストの方から、一緒に作品を作ったり、作品を作る手伝いをしてほしいと依頼されたりすることもあります。その場合は、一緒にプロットを作ったり、軽い批評をしたり、フィードバックを返したりっていうことをします。

──同じ相手から複数回依頼を受けることもあるんですか?

ナンバさん

もちろん、何回か通して一緒に作品を作ったり、レクチャーしたり、という場合もありますし、一回こっきりの相談で、その後は遠くで見守る、ということもあります。本当に相手によってニーズはさまざまですね。

就職先をブログでゲット!? ブログを通じた新しいキャリア形成

──ネットを介して発信をしよう、と考えた際に、さまざまなプラットフォームがある中、はてなブログを選んだ理由はなんでしょうか?

ナンバさん

はてなブログは、ガッチリ書けるというか、ある種「堅い」感じ、もっというと、ちょっとギークな感じがいいなと感じています。

一から自分でシステムを組まなくても始められて、ガーッと書ける。それに、ある程度、デザインもいじれて、書体や註など装飾の種類も豊富にある。だから、はてなブログでは、批評とか論考とか重いものをばーっと出すときに使っています。

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「お椀を抱えたような手をしてください」というリクエストに応えてくださいました

──ナンバさんがブログを運用する中で、実際の仕事につながった経験などはありますか?

ナンバさん

僕は今、修士2回生なんですけど、卒業しても博士課程には進学せず、普通に企業へ就職します。この縁も、はてなブログから始まっていて、ブログを見た会社の方が「面白いね」と声をかけてくれて、内定に至りました。僕ははてなブログで美学に出会って就職先までゲットしたわけです(笑)

僕が就職する予定の会社は、「セオ商事」という会社で、もともとカヤックにおられた瀬尾浩二郎さんが立ち上げた会社です。この会社は、「問いとアイデアの総合商社」というコンセプトで企画やデザイン、開発などを手掛けています。哲学の知識を生かしてワークショップの開催や、Webデザイン、プロダクト・アプリ作りなどをお手伝いしていきたいな、と思っています。

就職以外の面でも、新しく出会う人がすでにブログを見てくれているケースもあり、自分にとって研究者としての名刺代わりになっています。

また、ブログを通じて美学関係の読み物の読者が増えれば、その分だけ本も読まれやすくなるし、ブログが読まれていれば、何か関連した企画が持ち上がった時に通りやすくなりますよね。なので、長期的に考えるとはてなブログを通じて営業活動しているとも言えますね。

──すごいですね! でも、研究に限らず、高い専門知識を生かした発信には非常に価値があると感じる一方で、なかなかハードルが高い印象があります。

ナンバさん

やっぱり、研究者でアウトリーチが苦手という人は多いです。そもそも研究者には「俺が俺が」っていう人があんまりいない。

やってみると、アピールすることの面白さもあるし、何より、面白いものをみんなに伝えることだって研究の活動の1つなんだと実感します。研究って一人でやるものって思われがちですが、本当は、みんなでやるものなんです

だから僕にとって「はてなブログは研究」なんです。

論文を書いたり学会で発表したりするだけじゃなくて、ブログに書くことも研究だって広まればいいのに、と思います。

YouTube、Twitter、ブログ。さまざまなプラットフォームを活用する中でブログの位置づけって?

──ナンバさんはブログ以外にも、YouTubeやTwitterなどから発信されていますが、ブログと他メディアはどう使い分けていますか?

ナンバさん

YouTubeはいろいろな人にリーチしたいと思って始めました。広く見てもらうために、ゲストを呼んでトークなども行っています。

www.youtube.com


Twitterではいろいろなことを書きつつ、なかなか詳しいことは書けないので、軽く「こういうことをしている」と説明をする場所として使っています。

はてなブログは、YouTubeやTwitterと連携しながら、研究の基地のようにして、いろいろなことを書き留めていって自分でもう一度考え直したり、紹介したり、人と人をつなげていったりする場として使っています。

──体感で構いませんので、ブログ・動画・SNSそれぞれでリーチするユーザーさんに違いなどあれば教えてください。

ナンバさん

YouTubeでコメントいただいたり反応いただいている人は、「美学って全然知らなかったけど、面白い」と感動してくれる人が多い印象があります。

Twitterではポピュラーカルチャーに関するさまざまなことをつぶやいたりするので、僕と興味・関心がかぶるところがある人が幅広くいる。

はてなブログだと定期的に読んでくれる人もいるし、特定のトピックについて、自分が気合を入れて書いた記事がバズってそのトピックに関心がある人に読まれるな、という感じ。美学や芸術、表現などに関心がある人にガッと届くと言う印象がありますね。

間違って届くこと、が人生を大きく変える。ブログで実現したいこととは?

──ブログを通じて「読者に伝えたい」「こういう体験をしてほしい」というものはありますか?

ナンバさん

読者の方にはまず、こういう分野があるんだ、こういう哲学があるんだ、と出会ってもらいたいな、と思っています。

そうした中で、個人的には「間違って届いてほしい」という思いがあって。

僕自身、それまで知りもしなかった「美学」が、ブログを通じて間違って届いたから研究を始めた、という経緯もあり、そういう「間違った出会い」が生まれないかな、と思って書き留めています。

──ブログを通じて今後やっていきたいことや達成したい目標はありますか?

ナンバさん
シンプルに、いろいろな人に読んで欲しいですね。

でも個人的には「新しいことをどんどんやっていくぞ!」ということは考えていなくて、地道に続けて、はてなブログとこれからも歩んでいきたいな、と思っています。

批評に使ったり研究ノートに使ったり、仕事の覚書に使ったり。使い方はいろいろありますからね。

ナンバユウキid:lichtung

ナンバユウキ

'94年生まれ、兵庫県出身。美学者、批評家、美学相談〈ソフィスト〉運営。神戸大学大学院人文学研究科博士課程前期課程在籍。専門は現代美学、ポピュラー文化研究。最近の業績に「身体のないおしゃれ----バーチャルな「自己表現」の可能性とジェンダーをまとう倫理」『vanitas』(近刊)、「キャラクタの画像のわるさはなぜ語りがたいか----画像のふたつの意味と行為の解釈」『フィルカル』。

研究ノートブログ:Lichtung

批評ブログ:Lichtung Criticism

Twitter:ナンバユウキ (@deinotaton) | Twitter

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ナンバさんが語ってくださったように、ブログでの思いがけない出会いが誰かの人生を変えるきっかけになるかもしれません。

「間違って届ける」ために、まずはあなたの考えや知識をブログに書き残してみるところから、はじめてみませんか?

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