サプライズ好きの親父がこっそり下宿先に侵入したら、アパートの時空が歪んだ

Kyoto Sanjo Ohashi

一人暮らしを始めた時、大家さんからカギを2つ渡されたので、片方を実家に送りつけた。


それはいわゆるスペアキーなのだけど、それを、とりあえず両親に預けたのだ。



高校卒業とともに神奈川県の実家から京都に移り住んだ僕は、大学時代、両親と顔を合わせることがほとんどなかった。


家に帰るのも、年に1回、もしくはゼロ回。


ろくに連絡もいれないくせに、たまに電話を掛けてきては、「お金くれ」とストレートに要求してくる息子を見て、親はどう思っただろう。


薄情な奴だと悲しんだに違いない。



そんなある日、サプライズ好きでお茶目な親父が、僕に連絡を入れず下宿先のスペアキーを持ってこっそり京都にやって来た。


突然家に入って、「ワッ!!」と息子を驚かそうと思ったのだろう。憎めないオジさんだ。


それは土曜か日曜か、週末の昼間だったと思う。ルンルン気分の親父は東山三条の僕の下宿先に到着し、301号室の扉を、そっと開けた。


ワンルームの家の中はカオスとしか言いようのないほど散らかっていて、風呂場からシャワーを浴びている音がする。


息子が、風呂に入っている。親父は、絶好の機会だと思った。風呂の扉を急に開ければ、たいそう驚くに違いない。


息子はひっくり返って仰天し、のたうち回って失神するだろう。



親父はニヤけを堪えながら、足音を殺して忍び足で風呂場に近付いた。風呂場からは鼻唄が聞こえてくる。


親父は半透明の扉越しに息子が立って頭を洗っているのを確認し、扉に手を掛けた。


「ワッ!!!!」と言いながら、親父が突如として扉をドカンと開けると、中には、仁王立ちをしながらシャンプーで頭に泡を立てている男性がいた。M野。僕が外に出ている間、僕の部屋でシャワーを浴びていた、大学の後輩である。


「ウアアアアああ!!!!」とM野は言った。突然扉が開いたことに、純粋に驚いたからだ。


そして直後、「驚かさないで下さいよ〜」と言おうと思ったM野は、目の前に立っているのが僕ではなく “見知らぬオッサン” であることを確認し、「エ?!エエ゛ エ゛ エ゛ エエエぺわおpが:?ア゛ア゛ア゛!!?!?!!」と言った。


知らないオッサンが、突然、家に入ってきた。十中八九、この男は空き巣だろう。そしてその空き巣がわざわざ人の入っている風呂の扉を開けてきたということは、もうこれは、住人を抹消しようとしているということだ。凶悪犯。



一方の親父は、目の前の男性の顔面がシャンプーまみれだったことにより、一瞬、それが自分の息子ではないことに気が付かなかった。


しかし息子だと思っていた目の前の男性の息子を目にし、それが自分の息子の息子ではないことを瞬時に悟った。


この「目の前の男の息子が、自分の息子の息子ではない」という事実は、サプライズを仕掛けた親父への、最大の逆サプライズとなった。


親父は気が動転し、「ア゛アアア!?!!?アア゛ア゛オ゛オ゛オ゛ア゛オアアアアア!?!?!」と言った。今、自分の目の前にいるこいつは、一体誰なんだ。



自分を抹消しに来たはずの、謎のオッサン。そいつが扉を開けるなり...…「ア゛アアア!?!!?アア゛ア゛オ゛オ゛オ゛ア゛オアアアアア!?!?!」と声を上げて動転しているのを発見し、M野は混乱した。


空き巣が襲ってこない。いや、むしろ、空き巣の気も動転している?!一体、どういうことなんだ。


物を盗もうと人の家に侵入したら、風呂の中に住人がいることを発見し、いっそこの世から消してしまおうと思って風呂の扉を開けてきた。


その凶悪犯が、扉を開けるなり、次は急に発狂し始めた。何が起こっているんだ。つまり、この男は暴行を加えに来たわけではないということなのか?


だとすると、逆に、何だ。なんで部屋に入ってきたんだ。なんで風呂の扉を開けたんだ。こいつは、ただの「クレイジー」なのか?


空き巣でもなんでもなく、純粋な「クレイジー」。そういうことなのか? いや、でも、なんでこのクレイジーは、家に入れたんだ?!


もはや到底理解の及ばない、カオスの真髄としか言いようのないシチュエーションに陥り、M野の頭はスパークした。


極度の混乱と恐怖で我を失ったM野は、もはや自分でも理解することの難しい、異次元の音を出していた。「ッッっっdduょオ゛オ゛オ゛オ゛オお゛お゛お゛っっtっっgdヅgj!!!!??!??!?!」



自分の目の前にいる男の唸り声が、「ウアアアアああ!!!!」から「エ?!エエ゛ エ゛ エ゛ エエエエエ??!!!ウオア゛ア゛ア゛ア゛!!?!?!!」に変わり、そしてコンマ数秒のうちに、「ッッっっdduょオ゛オ゛オ゛オ゛オお゛お゛お゛っっtっっgdヅgj!!!!??!??!?!」へと変化。


親父は、M野のこの3段階の咆哮を聞き、心の底から恐怖した。誰か分からないが、誰かの風呂の扉を開けてしまった。それは間違いない。しかし、目の前のこいつはパンピーじゃない。


これはパンピーの出せる声じゃない。間違いない。こいつは確実に、「クレイジー」だ。


絶対に開けてはならない扉を、“パンドラの扉” を開けてしまったのだ。この、目の前の真っ裸のクレイジーに、襲われる。終わった。現に、到底理解不能な音を出しているじゃないか。


親父は極度の恐怖から気が動転し、「っpwズウウズウおごおごごおごおごごあじぇいあwじおんなあっぐおごあおっっg!!?!??!?」と叫んだ。



M野は、凍り付いた。扉を開けるなり「ア゛アアア!?!!?アア゛ア゛オ゛オ゛オ゛ア゛オアアアアア!?!?!」と叫んできた、凶悪犯、否、「クレイジー」である可能性の高い謎のオッサンが、なんとコンマ数秒の内に、その声を「っpwズウウズウおごおごごおごおごごあじぇいあwじおんなあっぐおごあおっっg!!?!??!?」へと進化させている。ギア・セカンド。


M野の恐怖と混乱はピークに達し、スパークを越えてフリーズした。


この「クレイジー」としか言いようのない謎のオッサンが、なんと、このワケの分からない状況で更にギアを上げてきているのだ。M野は、世界の終わりを確信した。もうこれは暴行を加えられるどころでは、済まないだろう。喰われる。間違いない。


このオッサンは、俺を、喰おうとしているのだ。それ以外考えられない。コンマ数秒後には飛びついてきて、俺の身体をバリバリと食べ始めるんだ。そうに違いない。人を喰らう化け物が、餌を前にして興奮しているんだ。


これはクレイジーどころの騒ぎでは一切ないぞ。考え得る限り、一番あかんタイプのやつだ。死を覚悟したM野は、気付けば「っtアぁ死nメンアあ@w!??!」と叫んでいた。


それはもはや、「声」という類いのものですらなく、ある種、「エネルギー」の凝縮体ようなものだった。全身を流れるエネルギーを口に集め、無慈悲の砲撃として敵に放ったのだ。


目の前のクレイジーが、3段階目の咆哮を越え、ついに声ですらなく「エネルギー砲」を向けてきた時、親父は自分の運命を悟った。俺はここで死ぬ。 間違いなく、ここが俺の墓場となる。息子よ、すまん、ここまでだ。死を覚悟した親父は「っtnッtメ路ん!!」と言った。



さて、非常に煩雑になってきたので、二人の会話を整理したい。


「ワッ!!!!」


「ウアアアアああ!!!!」 「エ?!エエ゛ エ゛ エ゛ エエエぺわおpが:?ア゛ア゛ア゛!!?!?!!」


「ア゛アアア!?!!?アア゛ア゛オ゛オ゛オ゛ア゛オアアアアア!?!?!」


「ッッっっdduょオ゛オ゛オ゛オ゛オお゛お゛お゛っっtっっgdヅgj!!!!??!??!?!」


「っpwズウウズウおごおごごおごおごごあじぇいあwじおんなあっぐおごあおっっg!!?!??!?」


「っtアぁ死nメンアあ@w!??!」


「っtnッtメ路んッッt!!」

纏めると、

「ワッ!!!!ウアアアアああ!!!!エ?!エエ゛ エ゛ エ゛ エエエぺわおpが:?ア゛ア゛ア゛!!?!?!!ア゛アアア!?!!?アア゛ア゛オ゛オ゛オ゛ア゛オアアアアア!?!?!ッッっっdduょオ゛オ゛オ゛オ゛オお゛お゛お゛っっtっっgdヅgj!!!!??!??!?!っpwズウウズウおごおごごおごおごごあじぇいあwじおんなあっぐおごあおっっg!!?!??!?っtアぁ死nメンアあ@w!??!っtnッtメ路んッッt!!」


これが、M野と親父の間でかわされたやりとりの全貌である。わずか3秒ほどの間に両者は極限まで高め合い、咆哮を発しながら、刹那の世界で無限の勝負をすることになった。


「時がゆっくりと流れているようだった」と後に2人は語っている。その時、東山三条のボロアパートで、時空は確実に歪んだのだ。



僕が家についた時には、落ち着いた様子の親父とM野が、部屋でくつろいでいた。なんだよこの光景は、と思いながらこれらのやりとりを全て聞き、その後、我々は仲良く3人でご飯を食べた。

Kyoto

「あ、そういえば、あの真っ裸のクレイジーな子いたじゃん。あの子、元気?」


あれからすでに10年近く経つが、親父は今でもふと何かを思い出したように僕にM野の状況を聞いてくる。


クレイジーはこっそり人の家に侵入して、突然風呂の扉を開けるあんたの方だろうと思いながら「たぶん元気だよ。」と答え、そのたびに僕は東山三条の狭い部屋を思い出す。


脱ぎ捨てられた服と、部屋に散らばる無数の毛。そこにいくつも、こんな下らない記憶が積み重なっている。僕の一人暮らしは、そんな感じでした。



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著者:熊谷真士id:manato-kumagai

熊谷真士

文章を書いています。ブログ『もはや日記とかそういう次元ではない