キミの「ありのまま度」を知りたい
私は学生時代、片道2時間半かけて大学に通っていました。
通学中、憂鬱になることといえば「電車で急な腹痛に襲われ、トイレに行きたくなること」でした。学問に励みに行くところなのに、どうしてそんな原始的な問題に出鼻をくじかれているのか? こんなに惨めな思いをしているのは自分だけなのか? ……いえいえ、ブログを見渡すと、実は結構いるんですよね。
この記事で、id:matsuikotaro さんは「漏らしてしまった自分」に父親の姿を思い浮かべ(ここだけ切り取ると大変失礼で申し訳ないのですが……)、大人になることの証を見出そうとします。
綺麗なものだからこそ、もっと近くで見たくなるのは当然なのに、近づいてしまえば綺麗に見えないなんて、あまりにも残酷で皮肉じゃないか。遠くに見える綺麗なものは、遠くから綺麗だなと思いながら眺めるべきなんだろう。こんなことを思えるのは、俺がまた一つ大人の階段を登ったからなのだろうか。
あまりにも品が低い内容なので、読んでくださる時は食事中ではない時が幸いです - 忘れないように
その境地に至った人にしか見えない景色があると感じさせる一節です。このような告白は、簡単にできることではありません。勇気ある投稿に心から敬意を表します。
どうしてこの話題から始めたのかというと、私がブログサービスを仕事とする理由の一端がそこにある気がしたからです。……いや本当なんですって!
ふとした瞬間の人の営み、人の正直さを読んで、気が楽になったり、勇気づけられたことはありませんか。私はそんな「人らしさ」を求めて、ブログを読んでいます。
社会人になってからというもの、キャリアのほぼ全てをブログに捧げてきました。具体的には、いまあなたが読んでいるこのページを含む、はてなブログの開発です。
はてなに入社し、チームに配属されて驚いたのは、チームメンバー全員が個人のブログを持っていたことでした。幸運にも「読むブログに困らない」環境に身を置いたことが、ブログでの自己表現に惹かれるようになったきっかけです。
ブログを開発するチームにいるメンバーのブログ、さぞ含蓄のある内容が書かれていると思う方もいらっしゃるでしょう。確かに、感動的でシビれる記事も数多く読んできました。しかし、パッとすぐに思い出せる印象的な記事ほど、「ありのまま度」の高いものだったりします。
「ありのまま度」とは、「等身大であるさま(転じて、単に雑であるさま)」を表す言葉として、はてな社内の有志でしばしば使われます。その有志とはもちろん、ありのまま*1 度の高い人達です。
例えば、同僚の id:hitode909 とは、長いこと同じチームで働いていました。彼はブログ更新を日課にしており、時折酔っ払った状態で記事を書いています。
このときもきっと酔っていたのでしょうね*2。ありのまま度が非常に高くなっています。
この記事に対する、同じく同僚だったid:shiba_yu36さんのはてなブックマークでのコメントも味わい深いです。
むっちゃいいこと言ってるけど、今は絶対にコード書かせたくない
shiba_yu36 のブックマーク / はてなブックマーク
ブログを読んで、ありのまま度の高さにうれしくなることがありますが、それは単なる正直な記事だからではありません。むしろ、自分の気持ちと真摯に向き合っているからこそ記事へとあふれ出てしまう人間味に、魅力を感じるのです。
個人的に「良いもの見ちゃったなあ」と思う記事として、いわゆる「恋バナ」があります。この記事では、id:tokidokidj さんに起こった一連の出来事を、その場に居合わせたかのように追体験できます。普段の記事とのギャップもまた良いんですよね。
たとえ友人同士であっても、相当うまく懐に入っていかなければ、こんな話題は引き出せないでしょう。そうした思いを書ける場がブログだとしたら、本当にうれしいことです。
id:deejaygirlfriend さんは、新型コロナウイルス流行下という難しい状況でのクラブイベント開催についてつづっています。情勢がますます悪化してきたときの葛藤が伝わってきますし、セットリスト*3にかける自身の思いも素敵です。
ノウハウ系の記事も良いですが、このような記事を読むとなおさら応援したくなってくるものですよね。また、パンデミック下での記録という観点でも価値のあることです。
ブログに宿る、みずみずしい感情は美しいなあと、いつも思います。人の「人らしさ」を
ueday
はてなブログ リードデザイナー。はてな入社時に京都に引っ越し、すっかり京都の魅力にハマってしまい今に至る。